クスマウル呼吸が生じる機序と認められる疾患

通常の私たちの呼吸は、同じくらいの間隔・同じくらいの深さで、規則正しく行われています。

成人の呼吸回数は1分間に12~20回程度です。また1回の呼吸で500ml前後の量の換気が行われています。

このような回数・量の呼吸が規則的なリズムで行われることで、私たちは外界から取り込んだ酸素を効率的に全身の臓器に届け、かつ不要な二酸化炭素を排出しているのです。

この呼吸のリズムや深さに異常が生じるという事は、身体に何らかの問題が出ているという事です。そのため、呼吸の異常というのは発見したら早期に原因を突き止め、適切な対策を取らないといけません。

呼吸の異常の1つに「クスマウル呼吸」という呼吸があります。

この呼吸はどのような状態で見られるのでしょうか。またクスマウル呼吸が認められたら、どのような状態を考え、どのような対処を取るべきになるのでしょうか。

ここではクスマウル呼吸について詳しく説明させていただきます。

1.クスマウル呼吸とは

クスマウル呼吸は異常な呼吸状態の1つで、患者さんがある状態になると生じる呼吸です。

ドイツの医師であるアドルフ・クスマウル(Adorf. Kussmaul)が発見した事からこのような名称になっています。

ではクスマウル呼吸はどのような呼吸なのでしょうか。

クスマウル呼吸は、『過度に深い呼吸が規則正しく繰り返されるような呼吸』です。「大呼吸」などと表現される事もあります。

呼吸の回数は多少多くなる事はありますが、そこまで顕著な上昇は認めません。しかし換気量に大きな異常を認め、通常は1回で500ml程度の換気量であるのに、それより多くの換気を行おうとする呼吸になります。

これは一見すると「深呼吸」と似ていますが、もちろんただの「深呼吸」ではありません。深呼吸は本人が意識的に行う呼吸で、自分の意志でやめる事が出来ますが、クスマウル呼吸は無意識でも行われる呼吸になります。

2.クスマウル呼吸が生じる機序

ではクスマウル呼吸はどうして生じるのでしょうか。

クスマウル呼吸は、身体が酸性になってしまっている時に生じる呼吸です。

身体が酸性になっている状態は「アシドーシス」と呼ばれます。クスマウル呼吸は、身体がアシドーシスになっている時、それを補正しようとして行われる呼吸なのです。

つまりクスマウル呼吸は、「酸性になってしまった身体を元に戻すために行っている自己治療」の1つという事です。

正常の私たちの身体(血液)はpH7.4前後と、ややアルカリ性で維持されています。このpHが何らかの原因によって酸性に傾いてしまうと、そのpHを補正しようとしてクスマウル呼吸が生じるのです。

ではなぜ身体が酸性になるとクスマウル呼吸が生じるのでしょうか。クスマウル呼吸はどのようなメカニズムで身体をアルカリ性に向かわせる事が出来るのでしょうか。

呼吸というのは酸素(O2)を吸収して、二酸化炭素(CO2)を排出する行為だという事は小学校の時に習いました。このうち、二酸化炭素は液体に溶けると弱酸性を示します。

二酸化炭素が液体に溶けている飲料は「炭酸水・炭酸ジュース」と呼ばれていますが、炭酸水が弱酸性だというのはみなさんも理解しやすいのではないでしょうか。

二酸化炭素が弱酸性だという事は、呼吸によって二酸化炭素の量を調整すれば身体のpHをある程度コントロールできるという事です。

呼吸を少なくする、あるいは浅くする事よって二酸化炭素の量を多くすれば、身体は酸性に向かうはずです。

反対に呼吸を多くする、あるいは深くする事によって二酸化炭素の量を少なくすれば、身体はアルカリ性に向かうはずです。

クスマウル呼吸は、呼吸を深くする事で換気量を増やし二酸化炭素を普段よりも多く体外に逃がす呼吸になります。これにより体内の二酸化炭素を少なくし、身体をアルカリ性に補正するはたらきがあるのです。

ちなみに「呼吸で身体をアルカリ性に向かわせたいのだったら、呼吸回数を増やせばいいじゃないか」という考えもあると思います。もちろんそれはその通りなのですが、呼吸回数の上昇と呼吸の深さの上昇は両立させる事はできません。

みなさんも自分でやってみれば分かると思いますが、呼吸を速くしつつ、深く吸うという2つを満たす事は不可能なのが分かるはずです。むしろ呼吸を速くすればどうしても1回換気量は減ってしまいます。

そのためクスマウル呼吸は、呼吸回数は正常からやや多い程度にとどまり、一回の換気量を増やす呼吸になっているのです。

3.クスマウル呼吸はどんな時に現れるのか

クスマウル呼吸は、身体(血液)にアシドーシスが生じている時に認められる所見だという事が分かりました。

では具体的にどのような病態の時にクスマウル呼吸が生じるのでしょうか。

アシドーシスが生じる代表的な疾患を紹介します。

Ⅰ.糖尿病性ケトアシドーシス

糖尿病性ケトアシドーシス(Diabetic KetoAcidosis:DKA)は、主にⅠ型糖尿病の方に認めらえる状態です。

糖尿病は血液中の血糖(グルコース)が多くなってしまう疾患ですが、血糖を下げるホルモンである「インスリン」を分泌できない「Ⅰ型」と、食生活などで糖分を過度に摂取しすぎる事で生じる「Ⅱ型」があります。

インスリンというホルモンは本来膵臓のβ細胞が産生するのですが、Ⅰ型糖尿病の方は何らかの原因によってβ細胞がインスリンを分泌できず、そのために血糖が高値となってしまいます。

そのためⅠ型糖尿病の方は、インスリン製剤を毎日注射しないといけません。

インスリンは、正確に言うと血液中の糖分を全身の組織・臓器の細胞に吸収させるホルモンになります。つまり血液中の糖を下げるというよりは、血液中の糖を全身の細胞に吸収させるホルモンだというのがより正確な表現になります。

糖分は栄養源になるため、糖分を吸収した細胞はこの糖分を栄養源にしてエネルギーを産生し、様々な生体活動を行うようになります。

インスリンが分泌されないと、血液中の糖分は全身の細胞に吸収されません。すると細胞は栄養をもらえないためエネルギーを産生できず、生体活動を行えなくなってしまいます。

これでは困るため、細胞は糖分ではなく「脂質」を分解してここからエネルギーを得ようとします。しかしエネルギーを得るために脂質を分解すると「ケトン体」という酸性の物質が生成されてしまいます。

ケトン体が多少産生されるくらいであれば大きな問題にはなりませんが、エネルギーのほとんどを脂質の分解で補うようになってしまうと、体内のケトン体が多くなり、身体は酸性に向かいます。

するとこの身体の酸性を少しでも補正しようと、クスマウル呼吸が生じるのです。

このようなⅠ型糖尿病の方などで、糖分を栄養として使えない状態が続く(インスリンが注射できない日が続く、など)とアシドーシスが生じ、クスマウル呼吸が生じます。

Ⅱ.尿毒症、腎不全

腎臓というのは、身体の中の老廃物を尿として体外に排泄させる臓器になります。

腎臓の機能が悪くなると腎不全と呼ばれ、老廃物を体外に排泄する力が弱まってしまいます。すると身体の中に老廃物や有害物質が蓄積しやすくなってしまい、このような状態は「尿毒症」と呼ばれます。

腎臓の機能が低下すると、血液中の様々な電解質を排泄する能力も低下します。水素イオン(H+)もその1つです。

水素イオンは液体に溶けると酸性になるため、血液中に水素イオンがたくさん溶けると身体は酸性になります。

また重炭酸イオン(HCO3-)は液体に溶けるとアルカリ性になる物質ですが、腎機能が低下すると重炭酸イオンを尿から身体に再吸収する能力も低下するため、これもアシドーシスの原因となります。

このように腎不全によって尿毒症になり、身体がアシドーシスになってしまうと、それを少しでも補正しようとしてクスマウル呼吸が認められる事があります。

Ⅲ.敗血症

敗血症など重度の感染症が生じると、身体がアシドーシスになる事があります。

これはなぜでしょうか。

細菌などの病原体が身体の中で悪さをすると、全身への臓器への酸素の供給が少なくなりがちです。

その理由として、

  • 病原体と闘うために酸素消費量が増えるため
  • 血管拡張性物質などが分泌されて血圧が下がるため

などが挙げられます。

全身の臓器に十分な酸素が届かないと、各臓器の細胞は何とかエネルギーを作り出すため「嫌気性代謝」を行うようになります。

嫌気性代謝は、酸素を使わないでエネルギーを作り出す方法です。酸素がなくてもエネルギーを産生できるという点では優れているのですが、問題は酸素を利用する場合と比べて効率が非常に悪いエネルギー産生法になります。

更に嫌気性代謝は「乳酸」という酸性の物質が産生されるため、あまりに過度に行われるとアシドーシスの原因となるのです。

ちなみに激しい運動をすると翌日に筋肉痛になりますが、これも「嫌気性代謝」が一因です。激しい運動で急に多量のエネルギーが必要になると、酸素が追い付かなくなってしまうため筋肉は嫌気性代謝も行うようになります。すると乳酸が筋肉に蓄積するため、筋肉に痛みが生じるのです。

重度の感染症によって嫌気性代謝が一定期間続くと、アシドーシスが生じる事があります。この場合、アシドーシスを補正するためにクスマウル呼吸が認められる事があります。

Ⅳ.アルコール中毒・飢餓状態

アルコールを大量に摂取していて、更に栄養状態が不良なアルコール中毒の方などでも、アシドーシスが認められる事があります。

アルコール中毒の方は食事をしっかりと摂取できていない方も多く、身体が飢餓状態になっている事があります。この場合、栄養源としての糖分がないため、糖尿病性ケトアシドーシスと同じく、身体に蓄積されている脂質を分解してエネルギーを得るようになります。

脂質を分解するとその過程でケトン体が作られ、ケトン体が酸性の物質であるため、アシドーシスとなってしまうのです。

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